映像作家、グラフィックデザイナー、現代美術家、VJ、京都造形芸術大学教授

既成のファインアートと大衆文化の枠組みを抹消し、現在の日本にあって最も自由な表現活動を行っている希有なアーティスト。その創造性は宇川本人を取り巻くすべての事象を対象に発揮され、現代美術作家としてだけではなくVJ、映像作家、グラフィックデザイナー、文筆家、サウンド・システム構築、日本自然災害学会会員、そして京都造形芸術大学教授と、フリースタイルで様々なジャンルを横断し、全方位的活動をしている。
アーティスト、アートユニット「エキソニモ」メンバー
最近は携帯でワンセグやムービーを視聴したり、ネット上で動画を共有したり、映像の看板も珍しくなくなってきたり、「映像」が至る所に浸食してきている。エキソニモも映像作家の括りで紹介されたりもするが、本人達に映像を作ってる意識がなかったりもする。ニコニコ動画は飛び交うコメントまで含めて動画なのか、とか、そもそもそれを見ているデスクトップも映像じゃないかとか、映像を取り巻く状況が激変している中で、どんな作品が生まれてくるのかに興味があります。

エキソニモ:千房けん輔と赤岩やえによるアートユニット。実験的なウェブ作品やインスタレーション、自作装置によるライブパフォーマンスなど、ソフトウェア/ハードウェア、デジタル/アナログ、多種メディアを横断した活動を展開している。2006年アルス・エレクトロニカ・ネット部門にてゴールデンニカ受賞。国内外の展覧会やフェスティバルに多数参加するほか、“電気で変なことをする”世界的コミュニティー「ドークボット」東京支部の運営など、活動を多方面に拡張し続けている。活動の拠点は東京とhttp://exonemo.com/。
映画監督、ビデオアクト主宰
今、私たちのまわりには、映像が溢れかえっている。ユーチューブにニコニコ動画にスティッカムの生中継。BS、CS、それから、わけのわからない地上派デジタルにツタヤで借りたブルーレイディスク。グーグルアースで地球を見下ろし、ライブチャットの個室にときめく私たちに、これ以上、映像は必要だろうか?毎日、監視カメラに記録され、Suicaに移動の痕跡を残す私たちに、これ以上、何かを撮影・記録する必要があるのだろうか?こんな疑問に答えてくれるような映像と対峙してみたいと思っています。

1966年生まれ。1990年より短編ビデオアート作品を発表し始める。1998年からインディペンデントビデオの普及・流通プロジェクト「ビデオアクト」を主宰。映画制作と並行して、メディア・アクティビストのネットワークを広げる活動を続けている。主な監督作品は、『新しい神様』(1999)、『PEEP"TV"SHOW』(2003)、『幽閉者たち』(2006)。2007年には『遭難フリーター』(監督:岩淵弘樹)をプロデュース。
アップリンク社長・プロデューサー・webDICE編集長
CREAMはようするに何でもありのアート作品のコンペです。多種多様なフォームの作品からさて何を審査するかですが、今、自分の中で審査基準は“過剰” と決めました。過剰な繊細さ、過剰なテクニック、過剰なメッセージ、過剰なエネルギー、過剰な色、過剰な音、過剰な音量、過剰な光線、過剰な味、過剰な大きさ、過剰な重さ、過剰な予算、過剰な長さ、過剰な時間……とにかくCREAMでは、個人的に過剰な作品募集中です。

1955年大阪生まれ。大阪府立池田高校卒業後1974年演劇実験室天井桟敷に入団。舞台監督を務め、アムステルダム、シーラーズ、ニューヨーク、ロンドン、パリなどの世界の演劇祭に参加。87年アップリンクを設立。デレク・ジャーマン監督作品を日本に紹介、遺作となった『BLUE』を共同製作。シューリー・チェン監督『I.K.U.』、黒沢清監督『アカルイミライ』などをプロデュース。映画館、イベントスペース、ギャラリー、カフェが集まった施設を渋谷区宇田川町で運営する。文化的多様性サイトwebDICEの編集長。
映像作家、アートディレクター、評論家
映画、ビデオ作品、ニューメディア作品が世界中に溢れる昨今、どのような新しい刺激をアーティストに期待すればよいのだろうか? まず始めに、私はジャンルの定義に挑戦する作品をぜひ見てみたい。つまり、従来の伝統的な様式のフィルム、ビデオ、ニューメディアを超えるものである。またそれは、web2.0 や個人ジャーナリズムツールのような新しいテクノロジー、特にコミュニティー同士の間やその内部で情報交換を容易にするテクノロジーを使うべきである。そして、この新しい様式のアートは現在のグローバル化された経済とは全く異なる新しい世界的な価値観をつくりだすために、社会的、政治的現実に関与するべきである。アントニオ・ネグリが適切に表現したように、私たちは帝国主義の新しい変化に立ち向かう新たな方法を創作しなければならない。

オウ・ニンは、アクティビストとして独立系フィルム・ビデオ機関「U-thèque」を創設、編集者、グラフィック・デザイナーとして「New Sound of Beijing」を出版、キュレーターとして「Get It Louder」ビエンナーレ、サウンドプロジェクトの「China Power Station」開催、アーティストとしてベネチア・ビエンナーレ、ドイツ連邦文化財団からの依頼出品など、その文化的活動は多岐にわたる。また、頻繁に雑誌、書籍、展覧会カタログへの執筆、海外でのレクチャーを行っており、第53回ベネチア・ビエンナーレの第8回ベネッセ賞の審査委員に選ばれている。
NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]特別学芸員、東京造形大学特任教授、多摩美術大学客員教授
フィルム、アニメ、ヴィデオ、CG、ソフトウェア・プロセッシング‥。異なるメディウムやシステムが、視覚的表象という側面から「映像」という言葉でくくられることには違和感がある。そこから出発し、各メディウムの特性を踏まえつつ新たな関係を開くことで、未だかつてない映像が生み出されるのではないだろうか。かつてない映像に挑むこと、それは既存の知覚や想像力、そして世界のフレームを揺さぶり問い直す批評的遊戯である。それはまた身体・空間的な体験をともない、人々の共有をうながし、あらゆる創造を刺激する力ともなりうる。映像が「映像」を超えていく瞬間、私たちははじめて21世紀の映像を目撃することになるだろう。

20世紀~現代の横断的な芸術表現を研究、並行して多くの実験的な展覧会やプロジェクトをキュレート。代表的なものに古橋悌二《LOVERS》(コ・キュレーション、キヤノン・アートラボ、 1994)、「アモーダル・サスペンション」(山口情報芸術センター、2003)、「MobLab」(2005)、「ライト・イン[サイト]」(ICC、 2008)など。
アーティスト、FACT [Foundation for Art and Creative Technology] ディレクター
世界中の人々がブログやPDAにアクセスすることができるようになるまでは、時間を越える知覚によって、世界をひとつのものとして全体化することは不可能であった。以前、私の祖父はアフリカの奥地や、アマゾンや干し首を比較する話をした。合理化の影で、戦後の英国は希望を必要としていたのだ。そして、その時代の産物として、私は無重力での撮影をする機会を持ち、現在は月でのアーティストレジデンスを計画している。想像もし得なかったことが現実になりつつあり、現代アートでは全てが可能なのだ。
ノンリニア分野では、アーティストは創造性を独占することはできない。コラボレーションの実践は新しい技術へ簡単にアクセスできることにより、調査や実践の革新的な様式を繁栄させた。関連性のある交流はエネルギーをつぎ込んだ分しか有効ではなく、これは技術ではなく、実際の生活における現実の人々に関わるものである。私は哲学的に考えて、私たちは知覚できる世界を創っている、あるいは少なくとも影響を与え合う物、環境、出来事やデータを創っているのだと考えたい。
もしアーティストが未来派以降、急激な変化を受け入れてきたとしても、現在ほど複雑な権力システムと伝統的な政治論争が理解不能になっている時代はなかったし、せいぜいサウンドバイト(訳注:ニュースメディアなどで使われる政治家の発言などの引用)として要約されてしまうだけである。ノウボット(訳注:"Knowledge"と"Robot"の合成語)やロボット、あるいは偏在するフィルターを頼りながらも、私たちは自分の本能や実際の経験を信じなければならない、たとえそれが仲介されたものであってもなくても。
アートは生きることである。CREAMに選ばれたアーティストたちはこれに関して選択の余地はなかったであろう、なぜならアートは彼らの人生そのものだから。

Australian Centre for Moving Image(ACMI)にて「ホワイト・ノイズ」展などの企画を担当後、現在イギリスのFACTのディレクターを努める。Hull Time Based Artsの設立代表である彼は、数々のニューメディアとパフォーマンスアートのアートフェスティバルを立ち上げ、国際的に評価されている。また、カーディフ芸術大学や王立芸術大学で学び、作家としてもギャラリーや大型プロジェクトにてインスタレーションや映画の委託作品が展示されるなど国際的な活動をしている。最近の目覚しい活動としては、ニューシネマとデジタルカルチャーのフェスティバルAND(Abandon Normal Devices)やFACT Atelierの立ち上げ、www.fact.tvなどを通じFACTをオンライン化し、更に一般に浸透させている。
映画監督、東京造形大学学長
これほどまでに、映像は増殖し、我々の社会のあらゆる場面に浸透しているのに、制作者やそれを語る言葉たちは、高度に専門化するのみで、分断されたまま、いっこうに他者=外部とかかわろうとはしていないように見える。いうまでもなく、創造するとは、他者=外部とかかわることであり、知らず知らずのうちに慣れ親しんでしまうサロン化した暖かい家から、小さな勇気を持って外に出かけることである。CREAMコンペティションがそのような孤独な旅人たちの集う中継所のような場所になり、新しい映像文化の発火点となることを期待している。

‘60年広島生まれ。東京造形大学卒業後、97年に『2/デュオ』で監督デビュー。定型のシナリオなしで即興的に撮影される独特の手法により評価を受ける。2作目の『M/OTHER』は、99年カンヌ国際映画祭監督週間に出品され、国際批評家連盟賞を受賞。その後「不完全なふたり」「パリ・ジュテーム」「ユキとニナ」(2009年公開予定)など主にフランスを舞台とした作品を制作している。2002年より東京造形大学教授。2008年より同大学学長を務める。
アニメーション作家、国際アニメーションフィルム協会日本支部理事、東京藝術大学教授
常日頃アニメーション映像について考える機会が多いが、その特性を考える上でそれ以外の映像との比較が有効になる。しかし実写とアニメーションとCG、フィクションとノンフィクションなどの映像領域は、デジタルツールの発達に伴って日々曖昧になり、新しいカテゴライズが必要な時代になってきていると感じる事も多い。今回の映像祭では、その領域でしか表現出来ない、映像の特性を極めるような作品に出会いたいし、また逆に領域を揺るがすような作品にも出会いたい。どちらにしても映像の可能性で驚きを与えてくれる作品に期待している。

1964年名古屋市生まれ。東京造形大学絵画科卒業。多彩な技法で短編アニメーションを制作。『頭山』がアニメーション映画祭の最高峰、アヌシー、ザグレブ、広島をはじめ6つのグランプリを受賞、第75回アカデミー賞にノミネートされる。また『カフカ田舎医者』がオタワ、シュトゥットガルトほか7つのグランプリ受賞。国際的な受賞は60を越える。世界各地で回顧上映、審査員、講演多数。
『フォーマットなき「映像」の瀑布!!!!!!!!!!!!!!』
最早骨董価値を纏い始めた35ミリフィルムの劇映画!!!!! ベッドルームに持ち込まれたラップトップで夢見心地に編集されたデジタルショートフィルム!!!!! 来るべき未来のTVを煽りながらも雲行きが怪しい地デジハイビジョン!!!!! 通勤ラッシュの田園都市線で立ったままハマるワンセグドラマ!!!!! 20世紀VHSアーカイヴの骨壺から掘り起こされYOUTUBEで蘇生されたノイズまみれの磁気テープ!!!!! レアなき荒野にアウラを振りかざすライブストリーミング!!!!! 5万人を踊らせる為にVJがプレイするモーショングラフィック!!!!! 埃をかぶったホワイトキューブのビデオアート!!!!! そしてそのカテゴリーから完全におしゃれな逸脱を遂げたビデオインスタレーション&メディアアート!!!!! 腐る程の映像に満ち溢れすぎた今世紀、一体何を以て「映像」なのか?このフェスティバルで僕自身も見極めてみようと思っています!!!!!!!!